チャイナロビー

マクロ経済、環境調査、政策提言、産業誘致、事業創出まで幅広い事業をこなす奮闘記です。

動く尖閣諸島

長年、尖閣問題や日中問題に関わってきたが、尖閣問題の歴史的、政治的な動きや理解、また、視点と相違点、そして世界の情勢を考慮し、解決への道筋を考えることは重労働であり、また、過激なスポーツトレーニングでもある。

しかし、その甲斐もあって、日中双方の落ち度や、新たな穴も見えるようになってきた。

ひとつ、紹介してみたい。

中国の論点は、清・明の時代から釣魚島は漁業また、防衛ラインの目安として領有扱いとするなど、尖閣は台湾の一部であり、下関条約による台湾割譲により、日本が尖閣を奪ったとしている。

一方の日本は、1895年の国際法に乗っ取った領有をし、また、戦後のサンフランシスコ講和条約に従い、1945年から1972年まで米国の施政下あったものを、沖縄返還時に日本の施政下にもどったと言うものだ。尖閣諸島は沖縄の一部であり、日本固有の領土としている。

しかし、1985年には既に沖縄は日本の国土であり、新たに領有した尖閣を古来から沖縄の一部とするのは無理であろう。
間違いなく日本は、下関条約により、台湾と同時に尖閣領有したとすべきである。

日本が尖閣諸島を固有の領土というには歴史が浅過ぎるし、中国が台湾の一部とするならば、サンフランシスコ講和条約時に、米国の施政下に入れずに、返還請求をすべきであった。

米国にも責任がある。日本の尖閣に対する施政権は認めるものの、領有権は認めたことがない。
しかし、沖縄返還条約には、尖閣諸島が明確に含まれているのだ。

このように、尖閣諸島は、日中、日米、そして米中と、それぞれ処理を怠り中途半端な状態に置き去りにしたのである。